nogaさんの日記

(Web全体に公開)

2017年
12月01日
15:18

人間序列



>いまも日本は学歴社会なのか?

いまも学歴社会でしょうね。そうでなければ、我が国の序列人間が困ります。

>◆『坂の上の雲』に見るかつての学歴社会
>教員をしていたという人から、「いまでも学歴社会なのか?」と訊かれた。出自や人格などより、学歴 (学校経歴)が社会的地位を決定する度合いの強い社会が学歴社会である。つまり、いい学校を卒業しているほど高い報酬を得られる社会のことだ。

人間序列の形成の始まりですね。

>学歴社会は、いつから始まったのだろうか。それを考えていくと、明治という時代にぶつかる。この時代の登場によって崩壊した江戸時代は、家柄が社会的地位を決定する最大のものだった。武士の家に生まれた者は武士、百姓の家に生まれれば百姓と、最初から社会的地位は決められていた。それが、明治維新をきっかけに一転した。

世の中が変わったのですね。

>日清・日露の戦争の前後を描いた小説『坂の上の雲』で、著者の司馬遼太郎は、この小説の主人公の一人である秋山好古の父の次のような言葉を記している。 「信や、貧乏がいやなら、勉強をおし」信とは、秋山好古の幼名である信三郎からきている。彼の父が上記のようにいった理由を、司馬は次のように記す。 「これが、この時代の流行の精神であった。天下は薩長にとられたが、しかしその藩閥政府は満天下の青少年にむかって勉強をすすめ、学問さえできれば国家が雇用するというのである」

政府は、学問と雇用を結びつけたのですね。

>信は、佐幕藩として明治維新を迎えた伊予(愛媛県)松山藩の武士の子だった。明治の最大の出世コースだった薩摩と長州による藩閥とは無縁だったわけで、これに抗して社会的地位を得て高い収入を得るためには「学問さえできれば国家が雇用する」という道を選ぶしかなかった。だから父は、「勉強をおし(しなさい)」といったのだ。

身分による序列の固定が外れてよかったですね。

>その言葉のように明治政府は、行政官や技術者を育てるために大学をつくり、近代的な教育を普及させるために師範学校をつくって教員を養成し、優秀な軍人を得るために士官学校をつくった。そして、藩閥に関係なく優秀な人材を採用した。そうした学校を卒業して行政官や技術者、教員、軍人になることが「貧乏」とは無縁な生活を送る手段だった。まさに、学歴社会だったのだ。

実学 (技術) は、職業教育になりますからね。

>◆教育の世界だけが、いまも学歴社会を信じている

人間序列の形成には、学歴が頼りですからね。学歴の中身が問題となるのではない。ものの上下にこだわりがある。

>現代でも我が子に対し、信の父同様に「勉強しなさい」という父親や母親は多い。信の父は口うるさくいったわけではないが、口やかましく言いつづける現代の親は少なくない。そこには、信の父と同じように「貧乏がいやなら」という気持ちがこめられている。父親も母親も、現在も学歴社会がつづいていると信じているわけだ。

学歴以外に序列順位を決める手立てが外に見当たらないです。

>親だけではない。子どもたちも、学歴社会を信じている。その傾向は、強まってさえいる。

日本語には階称 (言葉遣い) がある。だから、序列メンタリティは避けられませんね。

>ベネッセ教育総合研究所の「第5回学習基本調査」(2016年1月)で、一流の会社に入るために学校の勉強は役立つかという質問に、「とても役立つ」と答えた小学生が2015年で46.2%いる。2006年の同じ調査では32.6%だったので、学校の勉強が一流の会社に入るために役立っていると考える小学生が増えていることになる。同じ調査で、中学生でも同様の傾向になっている。

日本語の社会は、序列社会になりますね。小学生も中学生も序列人間の卵です。

>つまり、明治時代とも共通する学歴社会が、親や子の意識のなかではつづいているのだ。だから子どもたちの多くが、夜遅くまで、休日返上で、学習塾にかよっている。その安くもない授業料を、親たちは負担している。

教育費は、国家負担にすると良いですね。

>しかし、明治のころのような「学問さえできれば国家が雇用する」という傾向は希薄になった。雇用する主体は国家から企業に移った。

官業は廃れましたからね。

>その企業は、さかんに「人材不足」を嘆きつづけている。一流といわれる大学の卒業生を大量に受け入れている企業でも、「人材がいない」と平気で口にする。だから、一流といわれる企業に入社しても、一生が補償される状況ではなくなってきているのも事実だ。合理化という名の下に整理されることもめずらしいことではない。

人手不足などではない。我が国は、頭脳不足でしょう。

>学歴社会は壊れてきている。それでも、教育の世界だけは学歴社会を信じようとしている。しがみついている、といっていいかもしれない。それが、ほんとうに子どもにとっての幸せにつながっているのだろうか。

学歴は、教育者の飯のタネですからね。執着しますね。何しろ、無哲学・能天気ですからね。今だけ、金だけ、自分だけでしょう。処世術 (ものの上下) を捨てて、哲学 (あるべき姿) の勉強をしなければいけませんね。さすれば、我々は国際的な教養人になることが出来ます。



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