nogaさんの日記

(Web全体に公開)

2019年
05月25日
11:41

敗戦を否認する勢力


>ヤスの備忘録2.0 歴史と予知、哲学のあいだリンクより転載します。
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>敗戦を否認する勢力
>だが、戦後日本に特有な問題はここから始まる。>戦後日本の形態と、戦前の明治国家の「国体」とは根本的に断絶している。

そうですね。しかし、日本人のメンタリティ (考え方) には、断絶がない。

>この断絶は、徳川期の日本と明治国家との断絶にも匹敵すると言っても過言ではない。>封建制の徳川幕府と国家神道の明治国家の間に不可逆的な断絶があるように、戦後日本と明治国家を連続した国家として見ることには根本的な無理がある。>国家の成立の前提が基本的に異なっているからだ。>やはりこれも、不可逆的な断絶だ。

そうですね。それは、法的な断絶ですね。

>しかし戦後日本は、この事実の受け入れを拒絶する勢力によって主導されてきた。>この勢力は、敗戦という事実によって国家の形態が断絶した事実を否認し、そうすることで戦後日本の前提である主権在民と民主主義の適用を無効化、ないしは無限に遅延させることを目標にする。

日本語を話していれば、自然に ‘拒否’ になるでしょうね。民は、無哲学・能天気であるから、主権在民には意味がない。民主主義は、衆愚政治と同意義になる。

>そうした勢力こそ、現在の日本の支配層である自民党、ならびに高級官僚層、そしそれと癒着している一部産業である。>この現実を否認する態度は、病理としか呼びようがない。>この病理は、A級戦犯が祭られている靖国神社の参拝を繰り返すところに如実に現れている。

そうですね。現実否認は、わが国の病理ですね。日本人は現実の内容を見て忖度 (推察) する。忖度は、観察者の勝手な解釈であるから、現実直視の態度とは無縁ですね。歌詠みか、妄想か、幻想か。

> 先に書いたように、日本の国際社会への復帰と独立を保証したサンフランシスコ講和条約は、極東軍事裁判の判決で確定された、日本国民と天皇を戦争責任から赦免するシナリオに基づいている。>これを実現するためにこのシナリオは、すべての戦争責任を戦争指導者であるA級戦犯が負うこととした。>A級戦犯が祭られている靖国神社を参拝する閣僚や政治家が後をたたないことは、現在の日本には、日本の独立を保証したこのシナリオをかたくなに拒否する勢力が、支配層として君臨していることを現わしている。

そうですね。日本人は、話の筋は気に掛けないですからね。すっかり忘れているのでしょう。

>そしてさらに悪いことに、いま多くの日本国民がこの否認の態度を支持し、支配層と同じメンタリティーを共有しつつある。>このメンタリティーにこそ、現在の日本人の歪んだ深層心理が存在していることを示唆している。

そうですね。日本語の共通基盤に立つメンタリティですね。

>おそらく支配層とともに多くの日本人も、このシナリオを拒否しても日本は独立を維持できると信じているのであろう。

民は、何事も成ってみなければ分からないと思っているのでしょう。例えば、先の大戦のように、、、、、 。 日本人には、洞察力というものは無い。内容が目の前に現れて、初めてわかる。
現実の内容は、頭の外にある。それは、見ることができる。見ればわかる。考える必要は無い。楽ちんである。
非現実・考えの内容は、頭の中にある。それは、見ることができない、唯の話である。話の内容を理解するには、その文章を理解しなくてはならない。だから、頭を使う。頭脳労働になるのでしんどい。

>そのため、極東軍事裁判からサンフランシスコ講和条約の一連の流れのなかで形成された「日本敗戦」の歴史観を自虐史観として否定し、戦前の日本をアジアの解放者として持ち上げるなんの普遍性もない独自な歴史観に置き換え、そしてひいては「敗戦」という事実さえなかったことにしたいと思っている。

そうですね。日本人は、噺家の気分の良くなる話のようなものが好きなのです。理詰めの話は好まない。だから、現実直視もできない。それで、未来社会の建設もままならない。相変わらずの ‘ひ弱な花’ である。

>このような歴史観が国際的に通用するはずはないという厳然とした事実を知らなければならない。>これを無視すると、周辺諸国の反発を惹起することは目に見えている。 >欧米でも、「日本の狂った国粋主義」と揶揄され、信頼されることはまずない。

そうですね。日本人の妄想・幻想ですね。妄想・幻想をもって現実の支配を試みるところが、我が民族の哀れである。

> 「敗戦」という事実を否定するこの幻想が成り立つためには、あったことをなかったことにし、不可能なことを可能であると無理に信じ込む思い込みが前提にないと成り立たない。

そうですね。カレル・ヴァン・ウォルフレン (Karel van Wolferen) 氏は、<日本/権力構造の謎> (The Enigma of Japanese Power) の<”ジャパン・プロブレム”>の中で下記の段落のように述べています。
、、、、、日本の社会でいう “現実” (リアリティ) とは、客観的に観察した結果としての実際の事実というより、心情的なイメージに合わせて構築された、そうあるべき “リアリィティ” だからである。そしていうまでもなく、望ましいと想定されるイメージは、そのときその人の属するグループの利益と一致することが多い。 、、、、、 
西洋では、現実はそうやすやすと管理されたり、意のままに作り変えられたり、相談で決められたりするものとは、考えられていない。つまり、こうあるべきだという任意の考えによって左右されるものとは考えられていない。事実、西洋の哲学または西洋の常識の基礎は、人間にはつきものの自己欺瞞をおさえるには、妄想や幻想を入り込ませないようつねづねよく注意することだと教えている。ギリシャ文明以来、西洋の知の発達の歴史を貫いてつねに強調されてきた戒めが一つあるとすれば、それは、「矛盾を育むなかれ」ということである。この戒めは、論理、数学、科学の根本法則である。(引用終り)

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>以上です。


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